試験薬がヒトにもたらす効能や副作用を、治験前の段階でマウス投与時の細胞情報から予測する「hMDB」:医薬品開発のコストやリスク削減を目的に機械学習モデルを構築

課題

新たな医薬品を開発する際、動物実験や培養細胞を用いた非臨床試験を通して、その試験薬の副作用や効能を検証するのが通例です。しかし、試験薬の90%はその後ヒトを用いて行う治験にて、副作用の発生や効能の不十分さなどの理由で開発中止になっています。1つの医薬品を開発中止する際に発生する損失は150億~2,000億円とも言われており、こうした開発コストの高さが医薬品の価格高騰の一因になっています。

治験で、非臨床試験時に得られた結果と同様のものを得られない主な原因として、マウスやラットなどの動物とヒトとの種差が挙げられます。この種差によって生じる検証結果の差を埋めようとする取り組みが数多く行われてきましたが、いずれの場合も種差に起因するこの問題を十分に解決するに至っていません。

解決策

特定の試験薬をマウスに投与した際に得られる細胞情報を基に、その試験薬をヒトに投与した際に起き得る副作用や有害事象を高精度で予測するAI(人工知能)が、Karydo TherapeutiX株式会社が事業化を進める「hMDB(humanized Mouse DataBase)」です。

本システムは、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)佐藤匠徳特別研究所と共同開発されたもので、2020年1月9日にCell Pressが発行するオープンアクセス誌 iScienceオンライン版にて論文公開されました。

hMDBが、ヒトに対して未投与の試験薬の副作用や効能を予測する仕組みは、大きく2段階に分かれます。まず、現在流通する様々な医薬品をマウスなどの動物に投与し、そこから得られる全身網羅的な遺伝子発現パターンを計測します。

この遺伝子発現パターンは「トランスクリプトーム」と呼び、特定の状況において細胞内に存在する全てのmRNAの総体を指します。hMDBでは医薬品投与した野生型マウスの全身24臓器にかけて計測したトランスクリプトームと、投与した医薬品を実際にヒトが使用した際に報告された副作用や効能の情報とを関連させて、機械学習モデルに学習させます。

そして、未だヒトに投与していない試験薬をマウスに投与し、トランスクリプトームを計測した上で、上記の学習済みモデルに入力します。この結果、その試験薬がヒトにもたらす副作用や効能の予測結果を、マウス投与に関するデータのみから出力されるという仕組みです。

また、同じ医薬品でも性別や年齢層別に応じて副作用や有害事象が異なります。このため、同研究グループは性別・年齢層別に応じて医薬品の効能を予測できるように学習用データを層別化してhMDBに用いる仕組みを開発しており、これを「hMDB-i(humanized Mouse DataBase, individualized)」と呼びます。

この他、現在流通している医薬品に未報告の効能があるかを予測するために、各医薬品とそれらに関して報告されている有害事象とを、ネットワーク分析手法であるリンク予測で関連付ける「hMDB/LP法」を提案しています。これにより、特定の疾患向けに発売されている医薬品に新たな薬効を見出し、それを基に別の疾患向けの新たな医薬品を開発するドラッグ・リポジショニングへの活用が期待されています。

どうなったか

同研究グループは、hMDBの有効性を検証するために分子化合物、中分子(ペプチド)、抗体医薬(高分子タンパク質)に属する15種類の医薬品を用いて検証を行ったところ、各医薬品の副作用・有害事象に関する5,519項目の発生頻度と有無、および11,312種類の疾患に対する効能の有無を予測可能であると示されました。

また、hMDBとhMDB/LP法による予測性能は、医薬品開発で主流になっているLINCS L1000などの予測システムよりも優れた性能を発揮しました。LINCS L1000はアメリカ国立衛生研究所が提供しており、医薬品に関する構造、遺伝子発現、標的、相互作用などの様々な特徴を機械学習モデルが解析します。

しかし、試験薬の副作用・有害事象を予測するにあたり、なぜその予測が成立したかを確かめる仕組みの解明はまだ十分でなく、より信頼性の高いシステムを構築すべく解明に取り組むとのこと。また、hMDB、hMDB/LP法を用いたバーチャル創薬、バーチャル治験プラットフォームは現在特許出願中で、究極のローリスク、ローコストの医薬品開発ツールの実用化に向けて、今後も開発を進めるとのことです。

まとめ

医療面での機械学習応用に注目が集まっていますが、画像認識技術によるCT画像やMRI画像、細胞診断、あるいは創薬のための応用が中心に報じられています。今回の発表では、マウスによる結果を用いて人間の反応を予測するという研究で、機械学習による新しい応用として有用です。特に、人間の被験者を必要とする治験が減らせるのであれば、コストの削減にもなりますし、なにより事故の可能性を減らせます。実際の応用には、法律や医療システムにおける位置づけを確立するなど多くのハードルがありそうですが、今後の展開に注目したいです。

参考資料

(Marvin編集部)