ケンブリッジ大学・飯田文也准教授インタビュー(前編)「農業AI研究の経緯と展望」

https://mi.eng.cam.ac.uk/Main/FI224

Marvinでは、このたびイギリス・ケンブリッジ大学工学部でバイオインスパイアード(生物に触発された・生物規範型)ロボティクス研究室を主宰する飯田史也准教授にインタビューを行いました。

飯田准教授の研究チームは、柔軟な身体や柔軟な思考力を持つロボットの開発を目指すソフトロボティクスの分野で先駆的な業績を挙げ、ロボットの形態が知的情報処理を行うとするMorphological Computation(形態学的計算)の提案など独創的な基礎研究に取り組んでいました。

近年では、応用研究として農業AIロボット分野の研究に取り組み、成果論文を発表しました。この農業AIロボットの研究の中では、機械学習を用いて収穫に適した時期のレタスを見分け、その位置を認識して、傷つけずに収穫するロボットの開発に挑戦しています。レタスは傷つきやすく、ロボットによる自動化が困難でしたが、研究チームはさまざまな工夫を行ったようです。

このインタビューの前編では農業AI研究について、レタス収穫に関わる研究を始めた経緯や苦労した点、、ロボティクスと食糧生産、AI技術について伺いました。後編はイギリスのAI事情についてお届けします。

農業AIロボットを始めた経緯

−−私たちのサイトでも紹介させていただいたのですが、飯田さんの研究室では農業ロボット・AIに取り組まれています。どのような経緯で始められましたか?

もともと基礎研究を行うことが多かったのですが、どんな分野がこれからロボットが必要とされていくのか色々な出口戦略を考える中で、農業がちょうどいい難易度だと思ったのがきっかけです。

今までロボットは、たとえば自動車の組み立て工場など工場関係が多いです。しかし段々そうではない場所にロボットが入っていくにあたり、たとえば家の掃除とか災害現場で働くロボットなど構造化されていないところに最初から行くよりも、工場と今の難しい問題の間にあるくらいなのが農業なのかなと、そういうところから始まったのが、まずひとつです。

あと他のポイントとして、我々がいるケンブリッジでは農業がメインの州でして、周りに問題を抱えている人がたくさんいるのがモチベーションとしても大きかったと思います。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/rob.21888

農業AIロボットとBrexitとの関係

−−手頃だという話でしたが、技術的な側面だけでなく農家や行政との協業で難しかった点はありますか?将来的な意味で可能性を感じたりはありましたか?

農業でロボットを使っている人はまだまだ数が限られていて、これからどんどん増えていくところだとは思いますが、前例がなかったのが大変でした。

研究を進めていく中で分かってきた問題としては、他の工業製品と違って食料関係は単価が安いビジネスなので、そこを乗り越えるのはどうすれば良いかということです。ロボットのコストを抑えなきゃいけないのと、ロボットが食料品の製造にどこまでビジネスとして乗っていくかは、技術的な問題だけではないですが、一番難しいです。

さらに、他の工業製品と違って生物なので、規格化されていないから予想通りのものが来ないとか、サプライチェーンを見てもすごくフラストレーションが大きいところなので、本当に思った通りに行かないことは多いです。そういう変動に対してどのように適応させていくかが重要だと思います。

これから適応的なロボットが活躍するのが世界的にものすごい問題だということも分かっています。それから、イギリスの場合はブレクジット(Brexit: イギリスがEUから離脱ことでEUの労働者が働きにくくなる)で労働者問題をこれからどうしていくのか考えているところです。農業の仕事は重労働が多いので、どんどんAIロボティクスに置き換われていくべきだという共通認識は皆さんが持っています。あとは技術的な問題やビジネス的な問題を解決していくだけなのかなと思います。

対象にレタスを選んだのはなぜか?

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/rob.21888
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/rob.21888

−−今回取り組んだレタスを選ばれた理由、そして収穫するところで様々な要素分解をされたと思いますが、どのような部分がキーポイントだったか、あるいはうまく行かなかったかを教えてください。

我々は5年くらい前までは全く農業のことを知らなくて、この5年間本当に手探りでどこをつついたら何が出てくるのかということをずっと試行錯誤してきました。今回レタスの収穫のロボットがメディアに取り上げられたのも本当にたまたまです。現在、5〜10個くらいのプロジェクトを進めていて、その中のひとつが論文として発表され、メディアに取り上げられて知られるようになりました。

「収穫」というのは比較的誰にでもわかりやすい問題ということで、レタスに限らず、他にもアスパラガス、ブロッコリー、イチゴ、リンゴなどのリクエストがあるごとに試してみてはいるのですが、レタスはその中でも特に難しい。まず見た目でレタスは複雑な形をしていて、柔らかく、とても扱いが難しい。ロボット技術としても非常に面白いので、これが論文として発表されたということです。

レタスも成功率はまだまだ低くて、論文に出るレベルではあるのですが、成功しているといえるかはまだ分かりません。

ロボティクスは食料の生産・加工・流通・廃棄の問題に貢献できるか?

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/rob.21888

−−他にはどのようなプロジェクトを進めていますか?

周辺の研究室の人たちと共同で研究しているのですが、農業・食用加工ロボティクスセンターというプロジェクトが今年から始まりました。農業・食用ロボティクスに関連するあらゆることを研究います。

ロボティクスが食料の生産に対してどのような貢献をする可能性があるか、全般的に見ています。それこそ農業では作付けから収穫まで様々なプロセスがありますが、その後のサプライチェーンでは、どのようなロボットの使い方があるか。そして食料品加工、小売もあります。これらが全部繋がって食料問題の話になってくるので、全体として見たときにロボットがどこに入っていくのかが我々の興味です。

始めたのは収穫や作付けからですが、今はサプライチェーンのところでプロジェクトがたくさん走っています。物流の中でAmazonがロボットを使ってるという話はありますが、(農業では)もう少し特殊性があります。食料をどのように加工して製品にしていくか、最終的なスーパーマーケットなどの小売のところ、食料品は寿命が付き物なので、その廃棄を含め、どのようにロボットの技術が使えるかなと考えています。

できる限り今確立している技術を使って問題解決する

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/rob.21888

−−今回の論文でいわゆる人工知能といわれるものはレタスの認識や場所の推定になると思うのですが、他にはどのような技術を使われていますか?

ロボットと人工知能は分けなければいけないと思うのですが、人工知能の中にも、コモディティがあるものと、もうちょっと根本的な問題の人工知能とで分かれます。

ここでは主に産業化を目指しているので、基礎研究のところで5年、10年で役に立つものを作るのは難しい。できる限り今確立している技術を使って、どのように今まで解決していなかった問題を解決するかというのがこのプロジェクトにおけるスタンスです。その上で、今コモディティになっている、いわゆるビックデータ、ディープラーニングとかは、学部の学生さんでも1、2週間ちょっとチュートリアルをやれば使えるレベルにまでなってきています。これは5年、10年前はなかった技術なので、そういったものを積極的に使って何ができるかというのを試してもらっています。

一番わかりやすい例として、ビジョンを使ってたくさんデータを集めて、それをラベリングして、それさえできれば大抵のことは認識できるようになるというのが非常に面白いなと思っています。その技術だけをとっても様々な役に立つ場面があるというのが、ひとつの可能性になります。

(近日公開の後半へ続きます)

飯田史也

  • 1999年 東京理科大学大学院工学研究科修士課程修了
  • 2004年 イエーナ大学研究員( – 2005年)
  • 2006年 チューリッヒ大学理学部博士課程修了、博士(理学)
  • 2006年 マサチューセッツ工科大学ポスドク研究員( – 2009年)[5]
  • 2009年
    • チューリッヒ工科大学准教授( – 2014年)[6]
    • チューリッヒ工科大学バイオロボティクス研究室室長
  • 2014年 ケンブリッジ大学工学部講師
  • 2019年 ケンブリッジ大学工学部准教授( 現職 )

参考資料

(インタビュイー:飯田史也、インタビュアー:森裕紀、記事:蒲生由紀子)