理論モデルと機械学習の組み合わせによる河川の水位予測:富士通が少数の雨量・水位データからモデルを構築

課題
台風や豪雨による河川の水量増加は堤防の決壊をはじめ、大規模な水害に繋がります。2018年7月の西日本での豪雨は河川の氾濫や洪水、土砂災害により死者200人以上となるなど、甚大な被害を引き起こしました。近年のゲリラ豪雨では短期間に大量の雨が河川に流入して、突発的に水位の上昇を引き起こすため即時の予測が欠かせません。
しかし、予測モデルを立てるためのデータを収拾しようとしても、中小河川をはじめとして水位の測定が最近始められるなど、機械学習に必要なデータの量が十分に集まらないこともしばしばです。例えデータ量が不十分であっても、水位を予測するための適切な精度の予測モデルを開発することは防災の観点から重要な課題になっています。
解決方法
富士通は、物理モデルと機械学習を組み合わせて水位の予測モデルを開発しました。このモデルでは、河川の流域からの雨水の流入と流出をモデル化するために、水理学に基づいた「タンクモデル」を用いて関数を構築し、過去の雨量と水位データからこの関数の最適なパラメータを機械学習により推定します。
このモデルにより、気象関連機関から配信される数時間先の降雨予測の数値から、将来の水位を予測することができます。また、河川改修などで環境の変化があっても少量のデータからパラメータを修正することで、短期間で最適化が可能となります。


どうなったか
2018年に富士通研究所が発表した資料によると、危険水位を越えるかどうかの予測精度は86%でした。この手法は一層の隠れ層をもつニューラルネットによる純粋にデータから学習した場合と比べて、高い性能を持つことを示しています。
また、首都大学東京の河村明教授と協力して、提案したモデルと従来の手法の比較検証を行い同等以上の性能でした。
富士通は、この技術について、2019年度中のソリューション化を目指すとしています。
まとめ
最近は深層学習による将来予測が話題となっていますが、物理モデルによるシミュレーションと計測データに基づく統計的推定を組み合わせた「データ同化」などの手法も研究開発が進められています。計算機の高性能化に伴って、以前は不可能だった大規模なモデルを用いた実運用も可能となり、気象予測の現場などで活用されています。
今回のように、物理的な洞察により少数のデータでも適切に予測するモデルの構築は可能です。対象の深い理解に基づく適切なモデル化と学習手法を組み合わせることは、予測精度の向上と同時に計算の軽量化も同時に達成できます。応用を考える技術者にとって避けては通れないアプローチと言えそうです。
参考資料
- 過去の少ない雨量・水位データで河川の水位を予測できるAI技術を開発 [富士通]
- Fujitsu Develops AI Disaster Mitigation Technology to Predict River Flooding with Limited Data [Fujitsu]
- Watanabe et al, A MODEL FOR PREDICTING RIVER FLOODING USING RELATIVELY SMALL DATA SETS, 2018 [AGU Fall Meeting]
- Fujitsu maths models predict flooding [Electronics Weekly]
- 「ビッグデータ同化」の技術革新の創出によるゲリラ豪雨予測の実証 [科学技術振興機構]
(森裕紀)