エイシングがエッジコンピューティング向けAIチップ「AiiR」をリリース:エッジだけで推論だけでなく学習も可能

課題

今後の社会はよりIoT化が進み、世の中を流通する情報やデータはますます増大していくでしょう。情報・データをクラウドに送り応答を返すというクラウドコンピューティングでは、データ量の増大によってネットワークやクラウドへの負荷が大きくなると、通信の遅延などのトラブルが発生する恐れがあります。特に自動運転のようなリアルタイムの処理が不可欠な分野では、このような遅延は致命的です。このような背景から、クラウドを介さずに機器の周縁(エッジ)部分で処理を行うエッジコンピューティング技術が近年注目を浴びています。

近年の機械学習手法としてはディープラーニングが注目され、盛んに研究開発が行われていますが、ディープラーニングの学習には強力なプロセッシングユニットや電力が必要で、分散されたエッジにこれらを組み込むには多大なコストがかかります。また、ディープラーニングは一度最適化したモデルに新しいデータを追加で学習させる際、以前学習した内部構造を破壊してしまう(破滅的忘却と呼ばれる)恐れがあり、追加学習が困難です。そのため、導入機器の環境変化に動的に対応させることが難しいです。以上の理由から、ディープラーニングはエッジでの学習には向いているとは言えないでしょう。

解決方法

株式会社エイシングは、エッジコンピューティング向けのAIチップ「AiiR(エアー)チップ」を23日にリリースしたと発表しました。”AiiR”とは”AI in Real-time”の略称で、同社CTOの岩手大学准教授・天海氏が開発したエイシング独自のAIアルゴリズム「DBT (Deep Binary Tree)」を搭載し、推論のみならず学習まで、クラウドを介さずエッジ側での処理が可能になるとしています。

金天海氏が機械学会主催の第23回ロボティクスシンポジア2018において発表した論文「鍛造モデルによる機械特性学習 」の「まとめ」によるとDBTには力学系学習木 [岩手大学 金研究室]という決定木の手法が用いられています。決定木は、木の根・枝・葉のような階層構造を学習させるモデルで、意思決定の可読性が高いという特徴があります。力学的学習木では、入力ベクトルを含む状態空間を階層的に分割していき、分割された部分空間を木構造のノードとします。この木構造において、根から入力に対応した葉までの探索経路上のノードに、ノード間遷移の条件を表すベクトルの相加平均を保持させることで学習を行います。各ノード(部分空間)の学習は相加平均によって行われるため、計算コストがかからず軽量に動作します。

どうなったか

AiiRに搭載されたDBTは、学習時の演算が軽量であるため、エッジ単体での学習が可能です。小型マイコンのRaspberry Pi3を用いた検証において、推論1~5マイクロ秒、学習50~200マイクロ秒という高い処理速度が示されています。また、新しいデータを逐次リアルタイムに学習でき、機器の個体差や経年劣化といった環境変化に動的に追従することができます。

AiiRチップの自律学習には、エッジにおける異なる仕様や環境に応じたカスタマイズが必要です。AiiRチップの導入後にシステムをチューニングすることで、導入機器に合わせた高精度な自律学習を提供するとしています。

DBTは最大入力変数が100個程度と少なく、画像のようにパラメータ数が多いものを学習させるのには向いておらず、入力の数が比較的少ないセンサー情報を入力とする機械制御や統計解析といった分野が主な用途になるでしょう。 

まとめ

産業用ロボットアームのような精度が求められる機器においては、メンテナンスをせずとも機器の経年劣化などの変化をリアルタイムで学習して対応できるという点は重要です。AiiRチップはFA分野を中心に利用が模索されるでしょう。

参考資料

(本吉俊之)