AIで菌の培養生産を効率化:菌類を効率良く培養できる条件をAIで同定する研究が始まる
課題
近年、バイオテクノロジーの発達とともにバイオ産業の市場規模が拡大しています。生物を大規模に培養することで物質生産を行うバイオエコノミー市場は、2030年に世界で約200兆円規模に成長すると経済協力開発機構が試算しています。そのような状況で、微生物・菌を効率生産できることは、物質生産コストの削減のみならず、新規デバイス開発など、幅広い産業形成につながります。
効率生産のためのアプローチとして、人工知能技術の活用が挙げられますが、菌の培養状況を分析するには大量のデータが必要となります。一方で、菌は密閉したタンクの中で培養されます。現場作業を担う職人の熟練技術に依存することが多く、基礎研究のためのデータおよび人工知能技術の応用は不十分であるのが現状です。
解決方法
バイオ分野を扱う民間研究所である株式会社ちとせ研究所が、経済産業省から資金を獲得し、人工知能技術を使って菌類を効率的に生産する研究を開始しました。この研究は、三井化学や味の素、京都大学と共同で行われ、企業が実際に使っている菌の培養データを用いて、菌を効率よく生産する手法の確立を目指すものとなっています。
生物の培養・育成技術を持つちとせ研究所が、物質生産に用いる培養装置にセンシングデバイスを設置し、京都大学と協力し様々な条件の下で菌を培養して、培養過程における電位変化などのデータを観測します。この取り組みで取得するデータは、測定対象との相関関係を推定することを目的としたもので、詳細は不明ですがディープラーニングにおける畳み込み層(convolution layer)に直接活用できるデータであるとされています。それらのデータを学習させるシステムの構築を行い、乳酸菌やグルタミン酸生産菌などの菌類の培養が効率良くできる条件・指標を明らかにする計画となっています。
どうなったか
現状では、研究はまだ開始された段階です(2018年10月現在)。
微生物・菌を利用した物質生産においては、数十年間技術革新がありませんでした。この研究で、人工知能技術の活用による新たな培養方法の確立ができれば、微生物を利用した物質生産のスケールアップを効率化することにつながります。
まとめ
現在発展しているバイオテクノロジーと人工知能技術とを組み合わせることで新たな価値を生み出せる可能性は大きくあります。バイオの分野に人工知能技術を活用する研究や技術開発は、今後ますます重要になってくると言えるでしょう。
バイオに人工知能技術を活用する取り組みは他にもあります。バイオベンチャーのユーグレナが、システム開発の日本ユニシスと組み、バイオ燃料用ミドリムシの生産効率を高める実証実験を始めています。ミドリムシの培養データを日本ユニシスの人工知能技術で解析し、生産量を予測するシミュレーションモデルを構築して、効率的な生産につなげようという取り組みです。
微生物の力を利用したバイオテクノロジーは、物質生産やバイオ燃料、またバイオ医薬品(生物由来医薬品)の分野でも活かされています。今後はさらに応用が広がっていくことが予想されます。微生物が生み出す多様な有機物や、微生物自身についての遺伝子の情報などの、微生物にかかわるデータは複雑かつ膨大にあります。そこに人工知能技術を活用することで、微生物の力をさらに引き出せるようになることが期待されます。
またこれまでに本サイトで紹介してきたように、人工知能技術はさまざまな他の分野での研究開発に活用され始めています。新たな物質の発見を行うという研究や、化学反応の反応性を探索する研究 、6つの新たな惑星を発見するという研究など、物理・宇宙から化学・バイオまで多様な分野に人工知能技術を応用することが、新たな発見につながっていきます。
参考資料
コンボリューショナルデータの収集および企業横断的活用事業 [sii]
ちとせ研、京大・三井化学などと「菌」を効率探索 [日本経済新聞]
人工知能で、微生物も変わる [経済産業省]
ユーグレナ IoTでバイオ燃料の生産を管理 [日本経済新聞]
人工知能で金属ガラスの発見が200倍に加速!Deep Learningを利用した物性研究の事例紹介 [Marvin]
ロボットが機械学習で新しい化学反応を発見:機械学習で有機合成ロボットを制御して反応性を探索する研究 [Marvin]
NASAケプラー宇宙望遠鏡、深層学習を用いた解析で6つの新たな惑星を発見:画像に使用されるCNNを天体物理学の時系列データに適用して成果 [Marvin]